多くの動機づけモデルと異なり、「ビッグ3」(後述) は、人を動かすモチベーションが特定の神経伝達物質の分泌に影響していることを実証し、統計的・経験的に、それを証明しました。
作者:ラルフシナ(Ralf China)ドイツのストラクトグラㇺのマスタートレーナー
翻訳:日本ストラクトグラムセンター正規研究員 磯川 友浩
モチベーションは非常に話題性の高いテーマであり、議論を呼ぶテーマの一つです。
Amazonだけでも、「モチベーション」というキーワードで何千冊もの本が出てきますが、その殆どが以下の2つの質問を扱っています。
- どうすれば、我々は自分のモチベーションを引き出すことができるか?
- どうすれば、他の人のモチベーションを引き出せるのか?
これらの本のほとんどに共通しているのは、「モチベーションは自由に引き出すことができる」という前提になっていることです。
「ノウハウ」を元に、モチベーションを引き出すためのテクニックを知っていればよいということのようです。
しかし、以前の記事で示したように、「モチベーションはコントロール可能」という考え方は、私たち個人のモチベーションが遺伝的な影響も受けているということを考慮していません。
自分や仲間の行動のモチベーションが何によって上がるのかを知っておくことの方が遥かに重要なのです。
1977年に公開された映画「鋼鉄の男」では、当時まだ始まったばかりだったボディービルというスポーツで、アーノルド・シュワルツェネッガー氏がオリンピックチャンピオンになるまでの過程を描いています。
シュワルツェネッガー氏がトレーニングのモチベーションを高めるためによく引用する言葉に、
「痛みの壁を越えることが、筋肉を成長させる」というセリフがありました。
痛みがあっても、ひたすらトレーニングを続ける、それがチャンピオンになれる人とそうでない人の違いというのです。
彼らは痛みの壁を超える勇気を持っているということなのでしょう。
しかし、これはカッコイイかも知れませんが、間違ったやり方です。
実は、シュワルツェネッガー氏のモチベーションを理解できる、重要なセリフは他にありました。
「5,000人の前でポーズをとるのは、世界で最も素晴らしく、最高に気持ちいい。」
モチベーション研究のさらなる発展のためのマイルストーン
「モチベーション」という言葉は、「動機づけ、物事を行うにあたっての、意欲・やる気」として定義されています。
人格研究と同様に、モチベーションの研究も長い間、体系的な観察方法に焦点を当ててきましたが、そのような観察可能な動機や意欲の源について答えを見つけることができませんでした。
そこで、モチベーション研究をさらに発展させたのが、アメリカの心理学者デビッド・マクレランドです。
程度の差はありますが、すべての人が持っている3つの基本的なモチベーション(ビッグ3)を発見しました。
安心・安全のためのつながり(所属)
愛情や友情を求め、他とのつながりを求める。
仲間から除外されたり孤立することに対して恐れを感じ、避けようとします。
優位に立つ(支配)
地位や影響力、闘争、競争を求める力。
自分は重要な存在ではなく、取るに足らない存在であったり、他人に影響を及ぼすことができない、ということに対して恐れを感じ、そうならないようにします。
達成感
創造性、多様性、好奇心。
自分には能力がない、弱く愚かで役に立たない、ということに対して恐れを感じ、そうならないようにします。
他の動機づけモデルとは異なり、マクレランドは、これらの動機に取り組むことが特定の神経伝達物質に影響することを実証することによって、統計的にだけでなく、経験的にも彼の「ビッグ3」を証明することができました。
では、この3つの中心的な基本動機は、私たちの日常的な経験とどのように調和するのでしょうか。
そもそも、動機は状況や環境要因によって変化するものです。
サッカーチームの勝利賞金、授業の成績が良ければお小遣いがもらえる、あるいは目標達成したらボーナスが得られるなど、適切なインセンティブがあってこそ、モチベーションが上がり、ベストを尽くすことができるのです。
内発的動機づけ と 外発的動機づけ
ここでは、異なる視点を持つことが重要となります。
モチベーションの研究は、さまざまなモチベーションの原因を区別することによって、この問題を解決しようとします。
動機づけが内部から生じる場合は「内発的動機づけ」、一方、外部の動機づけを通して生じる場合は「外発的動機づけ」と言います。
- 私たちが楽しい仕事をするときに、報酬が少なくても継続できる場合は、内発的動機づけとなります。
- 一方、お金をもらうために楽しくない仕事をする場合は、それは外発的動機づけとなります。
例えば音楽や楽器練習の場面で考えてみましょう。
楽器や音楽に対する熱意は、内発的動機づけに分類されます。
午後の自由時間にギターやピアノの練習をする人がいますが、もしそれが楽しくなかったらどうでしょうか?
子供に対して親が子供に動機づけしようとする場合、以下のような言葉を思い付くでしょう。
- 親友もピアノを弾いている
- 両親が求めている
- 孫が楽器を演奏するとおじいちゃんが喜ぶから
このような例から、体系的な観察方法は、さまざまな要素が意欲となる場合があることがわかります。
作曲などの場合、創造的な活動に興味があるからこそ、達成モチベーションが生まれるのです。
それと同じように、例えば友達が音楽をやっているから、友達とのつながりのために楽器を習いたい、ということが動機となる可能性もあります。
また、若者向けクラシック音楽のコンクールで1位を狙う場合は、地位の獲得がモチベーションになりえます。
最初のケースでは内発的動機づけとなりますが、2番目と3番目のケースは外発的動機づけということになります。
この3つのケースは、いずれも自発的に楽器を演奏していますが、全く異なる動機で演奏しているので、何がその行動のモチベーションになっているのかは一概には言えないのです。
さらに、内発的動機づけと外発的動機づけは同時に作用することができます。
仕事を楽しみつつ、しっかりとお金を稼ぐ人もいるのです。
私たちの行動は、モチベーションとインセンティブの複雑な相互作用によって制御されているのです。
人間は、刺激に反応するだけの機械とは異なります。
むしろ、私たちの行動は、個々の(部分的に隠された)暗黙の動機と、インセンティブの複雑な相互作用によって制御されています。
暗黙の動機を意識することは困難です。
これは、私たちを自動的に操縦している、例えて言えば、オペレーティングシステムのようなものです。
私たちが環境のさまざまな側面を認識し、評価し、そこからどのような結論を導き出しているか、の基盤となる部分です。
これらは主に生体構造のレベル(バイオストラクチャーレベル)に存在している遺伝的な素因です。
明確な動機は私たちが意識しているもので、多くの場合、学習経験の結果として生じます。
それらは、私たちの暗黙の動機を実現するための「アプリケーションソフトウェア」として機能します。
それは主に性格のレベルであり、文化的環境や社会的な経験によって形成されます。
簡単に言えば、私たちの暗黙の動機は、私たちの個人的な願望です。
一方、明確な動機は、成果としての報酬をどうやって入手するかを示しています。
私たちの行動の原動力になっている動機を理解する鍵は、脳のモチベーションシステムにあるのです。
ですから、「どうすれば自分や他人のモチベーションを上げられるか」ではなく、
「何が自分や他人の原動力になっているか、その既存のモチベーションをどうすれば維持・活用できるか」という質問の方が適切と言えます。
なぜなら、「やる気」は限られた範囲でしか発生しないとしても、「やる気」を奪うことは簡単にできてしまいます。
たとえば、管理職の人は、「どうすればモチベーションの低下を避けられるか」と考えるのではなく、すでにある個人のモチベーションを組織の目標に沿って発展させる枠組みを作ることを考えていかなければならないのです。
あなたや従業員が、ストレスや幻滅、無気力感に苛まれないためにも、内発的動機づけと外発的動機づけを満たすような安心感や共感、優越感、達成感を感じられる環境づくり、目標設定が、
モチベーション維持や、個人の自律、自己実現の鍵なのです。